月命日(東日本大震災八周年追悼式について)


2月11日は東日本大震災から数えて7年11ヶ月目の月命日。来月で8年目を迎える。それに際して、 日本政府は平成31年㋀22日に 「東日本大震災八周年追悼式の実施について」閣議決定した。

開催日は平成31年3月11日(月) 。開催場所は例年通り 国立劇場。開催趣旨は『東日本大震災は、被災地域が広範に及び、極めて多数の犠牲者を出すとともに、国民生活に多大な影響を及ぼした未曽有の大災害であったことから、発災8年を機に、国として、被災者を追悼する式典を開催するもの』としている。詳しくは下記の内閣府ウェブサイトをご参照ください。(2019/02/11時点では詳細は後日掲載予定とのことです。)
https://www8.cao.go.jp/tsuitou/tsuitou.html

以上、内閣府ウェブサイトより一部加工加筆および抜粋。

なお、それぞれの被災自治体の追悼式については、おのおのの自治体の情報を参照されたい。


新駐日インド全権大使にサンジェイ・クマール・ヴァルマ氏が就任


インド本国により前任のスジャン・R・チノイ駐日インド全権大使の後任として、サンジェイ・クマール・ヴァルマ氏が指名されていましたが、本日17日日本国天皇陛下よりヴァルマ氏に、正式に信任状が手渡され、晴れて新駐日インド大使に就任されました。同大使の氏名等は,以下のとおりです。本邦駐箚インド大使 サンジェイ・クマール・ヴァルマ 閣下 His Excellency Mr. Sanjay Kumar VERMA Ambassador Extraordinary and Plenipotentiary of India


【駐日インド大使の信任状捧呈】 
サンジェイ・クマール・ヴァルマ駐日インド大使は,17日,信任状を捧呈しました。https://t.co/5A4qWoXEcC— 外務省 (@MofaJapan_jp) 2019年1月17日

大使閣下の略歴 (在日インド大使館オフィシャルホームページより)https://www.indembassy-tokyo.gov.in/jp/ambassador_jp.html


阪神・淡路大震災の記録



1995年1月17日午前5時46分。阪神淡路大震災が発生。あれから24年。震災の風化とともに、その教訓をいかに次の世代につなぎ、今後の防災と減災につないでいくか。それが今後の大きな課題となっている。その課題解決のためにも、私たち一人一人が、震災を他人事ではなく、私事としてとらえ、考え、そして行動していく必要がある。災害大国日本では、いつどこで大災害が起きてもおかしくはない。明日は私が、あなたが次の被災者かもしれない。

神戸市:阪神・淡路大震災の記録 http://www.city.kobe.lg.jp/safety/hanshinawaji/index.htm

神戸市:阪神淡路大震災1.17のつどい http://www.city.kobe.lg.jp/safety/hanshinawaji/revival/hanshinawaji/index.html

神戸市:慰霊と復興のモニュメント1.17希望の灯り http://www.city.kobe.lg.jp/safety/hanshinawaji/revival/monument/index.html


仙台防災未来フォーラム2019

仙台防災未来フォーラム2019


仙台防災未来フォーラム2019
  • 今年のテーマは「マルチステークホルダー私たちが知る・行動する防災の未来へ」。今年は「地域主体の防災・減災」「経験と記憶を伝える」を意識したプレゼンテーション(約1時間)を仙台国際センター展示棟で行います。https://sendai-resilience.jp/mirai-forum2019/



陸前高田市戸羽太市長による国連での演説(世界津波の日/津波防災の日)


2018年11月5日ニューヨーク国連本部にて2018 World Tsunami Awareness Day(世界津波の日2018)総会が開催された。世界津波の日制定の経緯については 拙稿ブログ http://www.ndrf-onagawa311.info/今日11月5日は津波防災(世界津波)の日です-1173.html をご参照ください。第3回目となる今年の総会は約2時間にわたり、現地時間5日午後1時50分(日本時間6日午前3時50分)岩手県陸前高田市戸羽太市長が、英語で約10分間のスピーチを行なった。スライドを用いて2011年3月11日東日本大震災の陸前高田での当時の被害状況、今後の市の復興計画について説明した。そのアーカイブ映像は国連のUN Web TVで配信している。(↓↓下の動画をクリックして戸羽市長の演説の様子をご覧ください。↓↓)

11・6追加情報

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月命日(生死の分かれ目)



7月11日は東日本大震災から数えて7年4ヶ月目の月命日。先日から続く西日本豪雨災害。その被害は西日本の広範囲にわたる。その中の一つの愛媛県宇和島市吉田町の現場では、土砂災害に襲われた3人の遺体が発見された。「避難があと5分早ければ」悔やまれる死。「死」は突然やって来る。あの日あの時の女川町でもそうだった。だからこそ、その日その日を充実して生きる。そして、備えを万全にする。悔やまれる死を迎えないように。まもなくその時。


月命日(スロースリップと鮎)



6月11日は東日本大震災から数えて7年3ヶ月目の月命日だった。その日千葉県東方沖で地震が発生する前に現れるという「スロースリップ現象」が確認された。そして、翌日の6月12日の早朝には、その千葉県東方沖を震源とした震度3の地震が観測された。

スロースリップ現象は数年おきに発生し、周辺の地震活動が活発になることが知られており、最近では4年前の平成26年1月に、千葉県で震度3の揺れを観測する地震が2回、平成19年8月には震度5弱の揺れが観測されている。

一方、それとの関連性はわからないが、ひとつきになる記事を見つけた。

相模川アユ“謎”の急増 過去最多3800万匹 釣り客増加にも期待 http://www.kanaloco.jp/article/328437 #神奈川新聞

今年5月に入って相模川の鮎の溯上数が急増している。それだけなら良いのだが、相模川には鮎が増えると地震が起きるという言い伝えがあるらしいのだ。

相模川のアユ大量発生は「大地震の予兆」?地元の言い伝え存在 #ldnews http://news.livedoor.com/article/detail/14814159/

『アユが豊漁だと地震がくる』この辺りの言い伝え。微妙に重なる事実。備えあれば憂いなしかもしれない。


ナマステ・インディア in 女川町 2018



今年も女川町にナマステ・インディアがやって来る!来たる5月4日(金・祝)日本最大級のインドの祭典、ナマステ・インディアが女川町にやって来ます。入場は無料で、会場は女川町まちなか交流館です。開場10:30/開演11:00〜16:00まで。今年はインド政府ICCR派遣オリッシー舞踊「ソナリ・モハパトラ舞踊団」を筆頭に、インド人・日本人を含めたダンサーたちが、ステージで華麗な舞を披露します。その他、ヨガ体験やサリーの着付け体験、インドのスナックやカレーなどの物販販売、インド文化紹介コーナー、そして今年もインド往復航空券が当たる!?ステージ大抽選会も予定しています。抽選券は当日会場でお配りしますので、GWはぜひ女川へ!

ナマステ・インディア in 女川町 2018 ①
ナマステ・インディア in 女川町 2018 ①

ナマステ・インディア in 女川町 2018 ②
ナマステ・インディア in 女川町 2018 ②

なお、今回は5月3日(木・祝)に「ソナリ・モハパトラ舞踊団」が、在日インド大使館公演に先駆けて、女川町で一回だけの特別公演を行ないます。舞踊団のプロフィールについては、こちらのポスターをご覧ください。会場は女川町まちなか交流館です。時間は14:00〜14:40です。貴重な機会をお見逃しなく!

ソナリ・モハパトラ舞踊団
ソナリ・モハパトラ舞踊団 ①

ソナリ・モハパトラ舞踊団 ②
ソナリ・モハパトラ舞踊団 ②


月命日(7年前と7年後の女川町)



今からちょうど7年前の女川町。国道沿いには大量の瓦礫の山。この場所で女川湾から1km以上の地点。震災前はここから海も見えなかったし、住民でさえここまで津波が来るとは誰も思わなかった場所。それがこの付近。しかも到達した津波の高さは有に15m以上。場所によっては20mを超えていた。その様子は山の法面に付着した瓦礫や布などによって見てとれた。その凄まじさは津波の高さまで打ち上げられた住宅の屋根や車などが物語っていた。

宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜国道398号線(女川街道)付近 Around Route 398, “ONAGAWA KAIDO ROAD", Washinokamihama, Oshikagun Onagawacho, Miyagi Japan
宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜国道398号線(女川街道)付近
Around Route 398, “ONAGAWA KAIDO ROAD”, Washinokamihama, Oshikagun Onagawacho, Miyagi Japan

今、女川の町は急ピッチに復興が進んでいる。ここと同じ場所もかさ上げ工事が完了し整備され、新しい土地の上に災害公営住宅が建てられ、先々月末ようやく被災住民にその鍵が手渡されたばかりだ。7年後の3月11日。同じ場所に降り立ってみると、そこには新しい町があった。以前の面影はわずかな手掛かりを残すのみとなっていた。あの日あの時のことを想像すらできない。

 2018年3月冒頭の写真とほぼ同地点の様子
2018年3月ほぼ同地点の様子

話は変わって、先月下旬初めてタイ王国プーケット島のカマラビーチを訪ねた。今から14年前に起きたスマトラ島沖大地震の津波と被害を忘れないための津波祈念公園があるビーチ。ビーチに着いてもその当時の面影は全く無い。何があったのか想像もできない。もちろん防潮堤もない。でも、教訓はしっかりと生かされていた。津波危険エリアの明示と避難経路の確保。津波警報システムの導入などにだ。そして、その時に一番心に響いたのは実際の当時の写真だった。写真は良きにつけ悪しきにつけ雄弁だ。ありのままの現実をそのまま突きつける。でも、それは災害を他人事ではなく、自分事として考える一つのキッカケでもあり、またその事実が防災や減災について考える原点でもあることに改めて気づかされた。

時間とともに、記憶とともに、時代とともに、風化は進む。でも、決して忘れてはいけないこと。語り継いで行かなくてはならないこと。冒頭の写真が自分を守り、他人を守り、家族を守り、仲間を守る。災害から生命や財産を守る。そのことを考えるキッカケとなって貰えると有り難い。そして、新しく生まれ変わった町、女川へ皆に来てもらえると嬉しい。7年と1ヶ月の経つ東日本大震災の被災地は、まもなくその時を迎える。

当時目測で高さ30mほどはあった山の法面はその半分ほどに。一部法面の先端が地上に出ているだけだったので、かろうじてそこがどこであるのかわかる程度にまで、かさ上げ工事は進んでいた。場所の特定をするためのそれが唯一の手がかり。奥に見えるのは荒立災害公営住宅。
当時目測で高さ30mほどはあった山の法面はその半分ほどに。一部法面の先端が地上に出ているだけだったので、かろうじてそこがどこであるのかわかる程度にまで、かさ上げ工事は進んでいた。場所の特定をするためのそれが唯一の手がかり。奥に見えるのは荒立災害公営住宅。


月命日(女川町、集合型災害公営住宅の整備完了 荒立住宅で入居式)



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宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜字荒立付近 Around Aradate, Aza, Washinokamihama, Onagawa-cho, Oshika district, Miyagi Pref.

今日は震災から6年11ヶ月目の月命日。来月で丸7年を迎える被災地は今。先月末に嬉しいニュースが入って来た。

女川町、集合型災害公営住宅の整備完了 荒立住宅で入居式 | 2018/1/29 – 河北新報 https://this.kiji.is/330464601417663585

先月28日に荒立地区のかさ上げ工事が終わり、すべての集合型災害公営住宅561戸が完成し、そのうち60戸の「荒立住宅」の入居式が行われたといった内容のものだ。あの日あのとき。それまでの生活があった。これからふたたび新しい生活がはじまる。でも、被災地全体からみれば、それはまだほんの一部。訪れるたびに変わる女川。またその地に行って、この目でたしかめて来よう。まもなくそのとき。合掌